SEALDs という単語を含むTwitter記事をテキストマイニング(1)

田村貴紀  

(最初書かなかったデータの情報を色々追記しています。)

 2015年 社会情報学会(SSI)学会大会

SEALDsSEALDs学会発表のための準備の一部です。ブログなので感想的に書きます

(学会終了しました。予稿あり 安倍政権に抵抗するポスト311世代の若者グループとインターネット――学生集団SEALDsの事例から―― )

SEALDsという単語を含むTwitter記事をテキストマイニングして、300語以上出現する単語をマッピングしました。(KH Coder 使用  http://khc.sourceforge.net/)期間は7月12日から31日。データ量が多いので無作為抽出して五分の一に縮小。

対象Tweet数 20,298。

末尾にデータ概要追記。

追記:SEALDsをめぐるTwitter環境全体を調査したので、メンバーへのメンションもあればそうでないものもあります。@SEALDs_jpn、@SEALDs_Kansai @SEALDs_Tohokuなどのアカウント名の出現(メンション)は、2962でした。無作為抽出で5分の一縮約なので、実数はこの5倍程度だと思います。#SEALDsというタグの数は、5696でした。これも同様に実数は5倍程度です。

  距離が近い単語は、一つのTweetに一緒に出てくる割合が高いのです。

画像の左側の「婚活」「プリキュア」などわけがわからない単語は、botによる攻撃です。下品な単語などを#SEALDsをつけて、大量に機械的に送信するものです。一種のハクティビズムです。

画像上部の性差別的表現は、あるブログが繰り返し参照されたためです。
画像の右側には、「共産党」「民青」「過激」「正体」などの〈正体暴露デマ〉的な単語と、レイシズム発言を表す単語が並んでいます。

つまり、今の日本では「憲法守れ」「戦争反対」と、大きな声で言えば、たちまち、レイシズム、セクシズム、デマに満ちた言葉で攻撃されるということです。私のように戦後早い時期に教育を受けた人間からすれば、言い古されたとも思えるような当たり前の言葉を口にしただけで。

これはもう「ブロックやっちゃうよくん」などでまとめてブロックするしかないでしょう。SEALDsの黒幕はだれ?みたいな話も、これと同じなるからやめましょうね。前身のSASPL時代からこのような攻撃は始まっていました。

このようなネット環境、社会環境になっていることが最大の問題でこれをなんとかしなくてはなりません。

2000年代のはじめに情報公共圏という概念が提唱され、ざっくりいってインターネットによって民主主義が推進されるような議論空間が生まれるのではないか、という期待がされましたが、そうは行きませんでした。代わりにここ15年ぐらいかけて、ネトウヨ情報公共圏と呼ぶべきものが作られていったのではないかと思います。

韓国のオーマイニュースが体制よりのマスメディアに反発する形で情報公共圏を形成したと言われますが、日本の場合、戦後体制の一部であった朝日新聞に反発する形で、ネトウヨ情報公共圏が形成されていったのではないでしょうか。そしてそれは単なる反知性主義ではなくて、構築主義や文化相対主義から多くのものを吸収して育ったように思います。

2015年8月29日

田村貴紀

SEALDsという単語を含むTwitterの計量テキスト分析

7月12日から31日 無作為抽出で5分の1に圧縮したデータ)2015/10/04画像差し替え

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出現単語数 

上位150語 対象Tweet数 20,298 (無作為抽出してあるので実数は5倍)

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追記:データ概要

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7.31 学者・学生一斉行動

2015年7月31日の学者学生一斉行動に参加した。もちろん、各大学が反安保法制の声明を出し、学者の会が行動を起こすことは素晴らしい。なのだがなんとなく私はイライラしていた。つまり、どうして大学はもっと早く行動しなかったのか、という思いだった。
いわゆる行動保守のヘイトスピーチや特定秘密保護法などは、安倍クーデーターの前兆であり端緒であった。そこで食い止めることができれば、今とは違った流れになっていたかもしれない。ファシズムが台頭する時に非政治的であるということは、強い政治的態度であった。
最近になって多くの法学者や政治学者の発言を見るが、例えばヘイトスピーチは、表現の自由と差別との緊張感の中にあり、多くの法学者が参入した議論になることが必要だった。しかし憲法学者の多くはヘイトスピーチ規制に否定的だったと聞く。市井の人々が慣れぬ条文を読み、道路にシットインして食い止めようとした。結果として、歴史の教訓通り、在日コリアンの人権が脅かされる社会は、日本人の人権も脅かされる社会へと変わっていった。
そう思っていたら奥田愛基が壇上に上がってスピーチした。
————-
「この段階から日本の民主主義がなぜ腐っているか、若者の投票率がなぜ低いか、そんなことを議論しても仕方ないのです。
できない理由を実証して何になるんでしょうか。
できないことを実証して何か成し遂げた気になるなるのはもうやめましょう。
我々には夢があります。
我々には変えたい未来があります。
そして、その未来をわたし達は生きていきます。
繰り返しましょう、何度でも言いましょう。
「民主主義とはなんなのか」
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奥田くんは、いつも"be"ではなくて"do"の主体としての人間を問う。私は「善きサマリア人のたとえ」を思い出す。「隣人とは誰か?“And who is my neighbor?”」「我々はなんであったか?」「正しい○○○○○○とはなにか?」このような問に対してキリストは、「行って同じようにしなさい。“Go and do likewise.”」と答える。
「我々には夢があります。
我々には変えたい未来があります。
そして、その未来をわたし達は生きていきます。」
311以後、昨日の高校生デモほどの規模ではないが、抗議の現場に中・高校生を見かけることもあった。私はその行動を促す社会の圧力を創りだしてしまったことに、申し訳ない思いでいっぱいで、環境のととのわない場での活動に、時に反対したこともあった。
しかし、SEALDsに続く高校生のデモや各地での同時多発的な若者の行動を見て、日本の民主主義のステージは大きく転換したことを思い知る。〈不断の努力〉によって民主主義を問い続ける社会、〈ポストSEALDs社会〉が生まれ始めているのだ。
(写真は〈生肉で火事〉を説明する奥田くん)

たまたまSEALDsの隣に座った

SEALDsSEALDs2015年7月31日 学生/学者合同行動

たまたまSEALDsの隣に座った。

直近で、フラッシュバシャバシャ、カメラぐるぐるの中、なんつーことなく雑談を続けるSEALDs。

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